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ゲームタイトルの表記について(2021/04/19更新)
https://tadabomland.blog.ss-blog.jp/2015-10-24

ホリパット3 PRO. [ゲーム]

http://www.hori.jp/products/ps3/controller/horipad3_pro/

あれ?
そういえば、
この「方向キー角度調節」って
確か、

DSC03092.jpg
ジョイカード64 の

DSC03093.jpg
この機能と いっしょだよね・・・。

スーパーボンバーマン3 [ゲーム]

http://www004.upp.so-net.ne.jp/tadabomland/softSFCoSFC3.htm

SF「スーパーボンバーマン3」の記事をUPしました。


寂しい話になるのですが
この95年から
家に友人がたくさんあつまって
ボンバーマンで対戦する機会が
ぐっと減りました。

たぶん、この「スーパーボンバーマン3」に至っては
キャラバンなどのイベント以外で
対戦をしたことがありません。


高校では ブラスバンド部に所属していて
しかも ゲーム屋さんで働いていたのです。

そう考えると 人生の半分以上は
ゲーム屋さんで働いていたことになるんだねー。
こりゃまた びっくりだ。


「スーパーボンバーマン3」が発売された時、
ファミコン通信のクロスレビューを読んでたら

---

またルーイって、
アイデアの使い回しで がっかり。

---

みたいな事が書いてあって
ちょっぴりがっかりしました。

当時、ボンバーマンは
結構コンスタントに売れていて
発売日に爆発的に売れるわけではないけど
必ずと言っていいほど
ファミコン通信の週間売上TOP5に入ってたのです。

ただ、1度も TOP1になったことは
ありませんでした。


スーパーファミコン全盛期、
ゲーム屋さんをしていて よく聞かれたのが

「スーパーファミコンのボンバーマンで
 どれが1番 おすすめですか?」

って質問。

はっきりいって 迷います。
5作品発売されていますが
どれも特長が違うからです。

その時は だいたい
・遊ばれる方の年齢
・他に遊んだことのあるゲーム

このあたりを お客様に伺って
おすすめしていました。

たとえば
・友達もたくさんいる
・ゲームも格闘ゲームが好き
などという場合は 「スーパーボンバーマン」を。

・家族でわいわい
・ゲーム初心者
そんなときは「3」を。

・今まで他のボンバーマンを遊んだことある
そんなときは「5」を おすすめしていました。

理由を聞かれると長くなりますが
当時はそういう質問を答えることも
じつは少なくなかったです。

いろんな意見を お持ちの方も
いらっしゃるかもしれませんが
ぼくは人に ボンバーマンをおすすめしてと言われたとき
個人的な感情は 一切抜きます。
接客業としては 当たり前ですし、
ボンバーマンのファンとしても そうしていました。



この「スーパーボンバーマン3」は
PCエンジン「ボンバーマン'94」のテイストに近いです。
見た目から ルーイの登場もそうなのですが
やわらなくなった ボンバーマンのタッチや
ノーマルゲームのクリア方法など
いろんなとこが そうなのです。

しかし、逆に言うと
ボンバーマンのハードテイストな部分が
完全に消えていると 言えなくもありません。

このころから ボンバーマンはターゲットが「子供向け」を
意識した部分も強くなり
イベントに言っても 子供たちがとても多いのです。
当時高校生だった時分は
だんだん居心地が悪くなった時期でした。

キャラバンとかの イベントに行ったら
一部のスタッフさんに顔を覚えられて
せっかくプレイする為に 列に何分もならんだのに
スタッフさんから
「お前、子供相手に本気になるなよ・・・。」
とアイコンタクトされ
次第には
「あーあー! 高校生が小学生を いじめてますよー!」
などと 精神的プレッシャーが飛んで来るようになりました。

自分で言うのも なんですが
そのあたりは十分理解していて
小さな子供達と対戦する事があったら
殆ど接待プレイしたり
遊び方を教えてあげたり
列に割り込みする悪い子(というより親が割り込みする)がいたら

『おい! みんなちゃんと並んでるだろ!!
 親がそれでいいのかよ!!』

って言ったり・・・。

いったい、ぼくは なんなんでしょうね。



いきなり話が飛びますが
なんで行列に割り込んだり
ルールを守らない子がいたりするかって ゆーと
ボンバーマンってたくさんプレイして、
たくさん勝ったりすると、
それに応じて スタンプや金券をもらえたのです。
そして それらスタンプの数などに応じて
ハドソンのグッツが もらえるんです。

そりゃ、子供たちも必至です。
ぼくだって 必至です!

ただ 他の子供たちと比べて
ぼくには十分な余裕がありました。
だって、キャラバンやCSGや次世代ワールドホビーフェアって
東京会場だけじゃないもん。



今、ブログをここまで書いて
気が付きました。


話に 全然まとまりがない。

スーパーボンバーマン [ゲーム]

このところ最近、
ホームページの更新をしています。
ずーっと更新できてなかった分があったので
時間があるこういう時にしているのです。

別に、自分の寿命が近付いているのを
感じているからではありません。


http://www004.upp.so-net.ne.jp/tadabomland/softSFCoSFC1.htm


今回はSF「スーパーボンバーマン」の お話をすこし。

当時、スーパーファミコンのボンバーマンが発売されていても
本体を所有していなかったぼくは
実際にプレイしたことは キャラバンぐらいしかなかったのです。

そんな中、高校に入学してすぐの時
ボンバーマンをよくプレイする人と 知り合いました。

「うちで今度ボンバーマンするから
 遊びにおいでよ。」

と。

あとから聞いた話ですが
その時は 3対1で ぼくの事を
ボコボコにする予定だったそうです。
彼の家は足立区だった為、
ぼくが来る前には 地元民で息を合わせて

「打倒! 板橋区民!!」

とか言って 決起集会なるものまで
開かれておりました。

実はぼくにも 悪い点があります。

「スーパーファミコンのボンバーマンかー。
 ぜんぜんやったことないなぁ。
 やってみたいなぁ。」

とか言ってたのです。
だって 嘘はついていません。
PCエンジンのボンバーマンばかりプレイしてたんですもん。


結果、返り討ちにしてやりました。



その時に不思議な事を思ったのです。
よくトランプで大貧民(大富豪)とかやると
地元ならではのルールとか そういうのがよく聞くのですが
ボンバーマンでも似たような事があったのです。

こいつ。
Untitled-2.jpg
こいつ、って言っても
ファイヤーアップです。
ボンバーマンのシリーズなら 必ずといって登場します。

このファイヤーアップの事を 彼らは

「火力くん」

と呼んでいたのです。


『あのー、「火力くん」って 何?』
「何って これに決まってんじゃん。」

『なんで「くん」づけなの?』
「だって 顔がついてるから。」

理由にビックリしました。


『じゃぁ、コレは? コレはなんて呼んでるの?』
Untitled-4.jpg

「火力くん最大。」
『フルファイヤーだよw』

思わず 大笑いしました。



今でも、彼と食事に出かけると

「あの時、ボンバーマンは
 今でも お前に騙されたと思ってる。」

と15年以上経過しても
言われます。

ボンバーマン ぱにっくボンバー [ゲーム]

はじめて「ぱにっくボンバー」に触れたのは
93年のキャラバンでした。

「ぱにっくボンバー」はいろんな機種で
発売されていますが
最初に登場したのはコンシューマではなく
ゲームセンターでアーケードとして稼働したのです。

この年、ハドソンとSNKが技術提供をし
PCエンジンで「餓狼伝説2」や「龍虎の拳」などが
アーケードカード用として発売されたのも
この為です。
実際には アーケードカードのDRAM不足の為に
発売は94年の春になりましたが。

ハドソンはSNKから 格闘ゲームなどの製作技術を、
SNKはハドソンから CD-ROMの制作を
お互い技術提供し
NEOGEOCDが発売されたのも それらの経緯です。
当時はセーブデータが ACアダプタからの充電式だったとこなど
PCエンジンと似てる気がします。

SNKと技術提供していたからなのか
NEOGEOでは発売されませんでしたが「ぱにっくボンバー」がMVSで稼働したり、
後に95年には「天外魔境真伝」が発売されています。


さて、余計な事を書きましたが
「ぱにっくボンバー」がキャラバンで体験できたこの年、
ぼくは福島県のキャラバン会場に参加していたのですが
3日間開催の最終日に 大雨が降ったのです。
会場は屋根があったのですが 競馬場で屋外だった為に
午後には 会場の3分の2が 浸水するという状況になったのです。

さっきまで「ぱにっくボンバー」をしていたブースが
完全に 水たまりで埋まってしまいました。

メインの「Hi-TENキャラBOM」の決勝では
会場にいた人たちは

「みんなこっちによってくださいー」

とまだ浸水していない方に 逃げるという
あの状況は今でも忘れません。


翌月、池袋で CSG新作発表会があったのです。
この会場でも プレイすることが出来たのですが
帰り道に池袋GIGOに寄ってみると
既に「ぱにっくボンバー」が稼働していました。

一人でプレイしていたのですが
知らない人に乱入されました。

対戦台ではありません。
知らない人が 突然ぼくの横に座ってきたのです。
最初は すごく驚きました。

3回ぐらい乱入されましたが
相手の方は1回も勝てずに しょんぼりしながら帰っていったのです。
今でもあれが いったいなんだったのか わかりません。


今でも古いゲームが置いてあるゲームセンターなどで
「ぱにっくボンバー」を見かけるときがあります。
当時は落ち物パズルブームでしたが
今でもよくできてるゲームだと思います。


ちっともPCエンジンの「ぱにっくボンバー」の話をしてないので
そっちもします。

たまに使われている、ボンバーマンで「ボバる」という言葉は
この当時から使われた言葉です。
「みんなでボバる」なんて言葉は
「みんなでボンバーマンをする」って言う意味です。
あまり一般に浸透したかどうかは わかりませんが。

PCエンジンでスーパーCD-ROM2で初めてボンバーマンのタイトルが
発売されたのですが
後にも先にも これだけになりました。
また、事実上 PCエンジン最後のボンバーマンです。
厳密にいうと これより前に「ボンバーマン'94体験版」もスーパーCD-ROM2でしたし、
「銀河お嬢様伝説ユナ」や「ポピュラスプロミストランド」、「スターパロジャー」でも
ボンバーマンが出てきますが
まぁ、それは置いておくとして。

この後、約2ヶ月後には
スーパーファミコン版の発売が予定されていました。
また、バーチャルボーイの発売も 後に行われたのですが
これらはMVSの移植ではなく
ルールは同じですが 全てオリジナルで発売され
ぱにっくボンバーは一時の収束を見せます。

さらに ニンテンドウ64「ボンバーマン64」や
ゲームキューブ/プレイステーション2「ボンバーマンランド2」などに
「ぱにっくボンバー」が収録されるまで 長い時間を要します。

現在ではハドソンのPSP参入第一弾として「ぱにっくボンバー」が発売されたり、
WiiバーチャルコンソールでPCエンジン版が発売されています。

そんなPCエンジン「ボンバーマン ぱにっくボンバー」の記事を
アップしました。
雰囲気だけでも伝われば 幸いです。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/tadabomland/softPCEoPCPB.htm

ボンバーマン'94 [ゲーム]

94と言っても、93年の年末に発売されたボンバーマン。

実際に翌年の年末には プレイステーション、セガサターン、PC-FXと
次世代機の発売が 既に迫っていました。

PCエンジンも発売されてから随分経過し
この93年の年末商戦(11月、12月に発売されたタイトル)には
「ボンバーマン'94」以外に
これだけありました。

SWORD MASTER
ルイン 神の遺産
クイズDE学園祭
ただいま勇者募集中
フェイスボール
機装ルーガ
伊賀忍伝 凱王
オーロラクエスト おたくの星座 -in Another World-
秘密の花園
スーパーリアル麻雀PIVカスタム
マーシャルチャンピオン
闇の血族 遥かなる記憶
フラッシュハイダース
イースIV The Dawn of Ys
スーパーシュヴァルツシルト2 名作限定版
スーパーダライアスII
セクシーアイドル麻雀
ダウンタウン熱血物語
真・女神転生

これら全部、 PCエンジンのスーパーCD-ROM2 で発売されました。
つまりPCエンジンもHuカードで発売されたタイトルは
当時ですら珍しかったのです。


実際、この後に発売されたHuカードソフトは

1994/1/15 フォーメーションサッカー オン Jリーグ
1994/12/16 藤子・F・不二雄の21エモン めざせホテル王

この2タイトルだけ。
つまりハドソンでは 最後のHuカードソフトになりました。





前置きはさておき
ぼくがこのソフトを初めてプレイしたのが
93年夏のキャラバン。
東京会場は7月に2日間と8月(ファンクラブ招待者のみ)の2箇所あったのですが
この7月に行けなかったのが 今でもすごく後悔してます。

7月の時、キャラバンに行った友人が
この「ボンバーマン'94」の体験版をもらってきたのです。
メディアは スーパーCD-ROM2でしたが
5人で対戦できた為、 毎日のようにプレイしました。


それまでキャラバンには 足を運んでいましたが
はっきり言って シューターではない ぼくには
予選を通過する実力が ありません。
どんなに努力しても 予選通過ラインのスコアは
出せなかったのです。

しかし、この年からボンバーマンのキャラバンになり
初めて予選通過 もしくは決勝まで行けるのではないかと
猛練習したのです。

しかししかし、そこはボンバーマン。
実力だけでは優勝なんて そう簡単にはできないのです。
まぁ そんな話は また今度と言う事で。


そんなぼくの思い出深いボンバーマンの1つでもある
「ボンバーマン'94」の記事をサイトにUPしました。
雰囲気だけでも伝わってくれると うれしいですね。


http://www004.upp.so-net.ne.jp/tadabomland/softPCEoPC94.htm




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